政治とヒップホップ
政治とヒップホップ…というと重そうなテーマですが、政治とヒップホップは深い因縁やある意味親和性があってヒップホップを深く知るにはすごく大事なテーマなんです。
いわゆるカウンターカルチャーであるヒップホップは政治のほころびによってマイノリティたちの生活が脅かされたことで誕生しました。
なぜ、ヒップホップはカウンターカルチャーと呼ばれているのか…
政治とヒップホップがどうして「切っても切れない関係」なのか…
なぜ、政治家たちはマイノリティたちを見捨てたのか…
今回は政治とヒップホップの関係についての講義になります。
今回の講義で得られる知識
- マイノリティの団結
- 標的はレーガン
- 政治に見放されたマイノリティ
HIP HOPはどこから来たのか
以前の記事でも書いた通り、ヒップホップという文化を紐解くと18世紀まで遡ります。
奴隷時代から脈々と受け継がれてきた差別という負の連鎖の末端が1960年代の公民権運動でした。
マイノリティのリーダーとして活躍していたマルコムXやキング牧師が次々と倒れ、全国152都市で暴動が発生します。
ゲットーが生み出した文化
1970年代のアメリカはベトナム戦争とウォーターゲート事件によりインフレが深刻化しており、経済大国としての地位さえ危ぶまれていた時代に突入します。
また、世界を襲った2度のオイルショックにより、アメリカの経済は深刻な打撃を受けていました。人々は経済と政権への不安や不満が募るばかりでした。
そんなゲットーに住む人々を含む誰もが苦しい時代にマイノリティたちの中から自らを自警団と称したギャングが次々に発足され、暴力や略奪を繰り返す時代に突入してしまいます。
なんだろ…世紀末っぽい世の中だなぁ。
でもこのギャングたちを改心させたのがヒップホップという文化なのだよ。
1970年代のヒップホップコミュニティでは暴力の代わりにダンスやダズンズ(ラップバトルの元になった言葉遊び)、グラフィティでどちらが強いか決めようという非暴力的な闘争で決着を付けていました。
ギャングたちは次第にこの遊び(文化)が楽しくなって真面目に生きるようになります。
邪悪なレーガン
1970年代末期にはほぼ駆逐されていたギャングでしたが、ある男の存在によって再びマイノリティたちに困難が降りかかります。
その男の名はレーガン!!
マイノリティの切り捨て
1981年に悪名名高い大統領である「ロナルド・ウィルソン・レーガン」が大統領に就任し、「レーガノミクス」という経済政策によって貧困層をさらにどん底に落とします。
レーガンは富裕層やエリートに減税をしてお金を使ってくれれば経済が回るという考えを持っており、富裕層を優遇し、社会福祉予算をバッサリ切り捨ててしまいました。
「福祉女王(Welfare Queen)」と呼ばれた「生活保護を受けてキャデラックを乗り回し、女王のようなふるまいをする女性たちがいる。」という嘘を世間に根付かせ、世論を反福祉へと傾かせました。
実際にこの政策は成功したといわれていますが、ゲットーに住む人々は置いてきぼりにされてしまいました。
レーガンという売人
1980年代になるとゲットーにクラックという薬物が蔓延し始め、職にあぶれた若者たちは製造・密売する者も増えていき中毒者が爆増しました。
売人同士の縄張り争いや代金の未払いなどによってこれに係わる犯罪が深刻化してしまいます。(NYでも深刻な問題でしたが、LAもかなり深刻な状況でした。)
しかし、レーガン政権はこれを黙認します。
また、警察上層部もわいろによって売人に買収されていました。
もはや薬物を流通させていたのが政治家たちであり、そのマージンを抜いていたのだ。
うわぁ、レーガン…マジ邪悪!!
また、密売人によって警察官が負傷したことをきっかけに警察は大規模な検挙を開始し始めます。
それを好機と見たレーガンは自身の支持率の維持と次の大統領選のために急場で「薬物取締法」を作りました。
クラックを製造・密売・使用していたのはマイノリティだけではありませんでした。
しかし、レーガンはメディア操作を行い「全てマイノリティたちが製造・密売・使用している」という風にでっち上げました。
これによって逮捕されるのはマイノリティたちばかりでした。
あまり、深く語られることはありませんが、ブラックムービーや楽曲でよくお父さんが捕まっていたり、お母さんがアル中なのはこの時代背景があってこそだったりします。
ラッパーで言えばNotrious B.I.G.は自伝映画「Notrious」の作中で密造、密売していたのがクラックになります。
Grandmaster&Melle Melの1983年の楽曲「White Lines(Don’t Don’t Do It)」はクラックの危険性を楽曲で説明した楽曲でした。
楽曲での政治批判
ヒップホップは1979年から本格的にレコードをリリースし、本格的に音楽業界に参入していきますが、初めの内はパーティーラップという基本的に中身の薄いラップが多かった印象です。
1980年代のコンシャスラップ
1980年代はいわゆるGangsta Rapというサブジャンルにおけるコンシャスラップやリアリティラップと言われるスタイルのラッパーたちが現れます。
彼らは政治批判やゲットーについてラップし始めました。
Grandmaster Flash and the Furious Five
「Grandmaster Flash and the Furious Five」による1982年の楽曲「The Message」。
この曲はトランジットストライキという1980年4月1日~4月11日まで続いたニューヨーク市交通局に対してのストライキを基に制作され、ゲットーで生きることの過酷さを説明した楽曲でした。
楽曲で語られていることはほんの一部分なのかも知れませんが、過酷なゲットーでのリアルを描いた楽曲であり、のちに出てくるラッパーたちの手本となりコンシャスラップの始祖的な役割をを担っています。
Public Enemy
コンシャスラップ界の帝王というべきPublic Enemy。
政治批判と意識の高さは民衆を揺動し、国家から危険視された存在でした。
1987年の1stアルバム「Yo!Bum Rush The Show」もさることながら1988年の2ndアルバム「It Take A Nation Of Millions To Hold Us Back」は大絶賛を受け歴史的な1枚となりました。
また、Public Enemyに呼応するように西海岸ではラッパーのParisが活動を本格化していきます。
1990年に3rdアルバム「Fear Of A Black Planet」をリリース。
このアルバムには彼らの代表曲とも言うべき「Fight The Power」を収録しており、「権力と戦おう!」と声高らかにシャウトするこの曲は英語がわからない我々日本人でもバイブスが伝わってくるコンシャスラップの傑作と名高い曲です。
4thアルバム以降も数々の名曲を送り出すけど3rdアルバムが絶頂だったのかなと思うのだ。
N.W.A.
西海岸ラップの雄とも言うべき存在「N.W.A.」はコンプトンというフッド(地元)=ゲットーを舞台に自分たちが見て感じた純度高めなリアルをラップしたグループでした。
中でもリリック担当のIce CubeはのちにPublic EnemyのChuck Dらとともにアルバムを制作し、当時NYでは西海岸勢が圧倒的に劣勢の中、人気を獲得したラッパーでした。
N.W.A.の伝説的アルバム「Straight Outta Compton」に収録の「F*ck The Police」はFBI副長官から手紙が届くほど過激なリリックでした。
1990年代のコンシャスラップ
1990年代はある意味1980年代のコンシャスラップのおかげでだいぶ土壌が出来上がっており、政治的な楽曲を発表するアーティストが増えてきました。
N.W.A.以降はNYでもハードな志向が定着し、マフィオソラップと言われるハードコアスタイルを生み出しました。
Paris
1990年に満を持してリリースされた1stアルバム「The Devil Made Me Do It」は西海岸特有のファンキーなビートにもはや啓蒙とも言うべきメッセージを詰め込んだアルバム。
Parisはブラックパンサーの残党であり、ラッパーでありながら活動家として楽曲をリリースしていました。
彼の思想はヒップホップを聴く年代にぶっ刺さりました。
1992年に2ndアルバム「Sleeping With The Enemy」。
1994年に3rdアルバム「Guerrilla Funk」と好調でしたが、1998年の4thアルバム「Unleashed」では少しブレたのか振るいませんでした。
個人的には3rdアルバムと5thアルバム「Sonic Jihad」が好きです。
The Coup
The Coupはブラックパンサー党結成の地であるオークランド出身です。
日本では馴染みが薄そうなThe Coupですが、本国アメリカでは高い評価を受けました。
人種問題や格差社会、政治批判的なラップに加え、警察官の暴力についてラップしていました。
1stアルバム「Kill My Landlord」は初期の名盤です。どちらかと言うと2000年代にかけて成熟していったグループであり、絶頂は2006年の5thアルバム「Pick A Bigger Weapon」。
Mos Def&Talib Kweli
1998年にリリースされたMos Def&Talib Kweliの連名アルバム(この時のユニット名はBlack Star)「Mos Def&Talib Kweli Are Black Star」もコンシャスラップの名盤です。
哲学的とよく言われる彼らのラップはこの時代の寵児P.Diddyとの対比され、アンダーグラウンドからの支持をより多く集めました。
2000年にリリースされたEP「HIP HOP For Respect」ではエグゼクティブプロデューサーとしてMos Def&Talib Kweliが参加し、「アマドゥ・ディアロ事件」に言及しました。
アマドゥ・ディアロ事件は1999年2月4日にニューヨークで起こった警察官よる凄惨な事件です。
事件当時、23歳だったギニア人男性アマドゥ・ディアロ氏を4人の警官が取り囲み、41発という大量の弾を打ち込まれ亡くなった事件であり、裁判で4人の警官たちは無罪になりました。
当時、波紋を呼んだこの事件のためのEPであり、41人のMCを集めて制作されました。
2Pac
言わずもがな2Pacは初期作品でコンシャスラップを操り、社会派ラッパー兼俳優として登りつめたラッパーです。
1991年1stアルバム「2Paclypese Now」に収録の「Brenda’s Got A Baby」ではゲットーでの子育てや子育て支援が足りないこと訴え、囚人や警官についての曲「Trapped」をリリースします。
このアルバムリリース後、ダン・クエール副大統領に目を付けられ、警察からも嫌がらせを受けます。
1993年には2ndアルバム「Strictly 4 My N.I.G.G.A.Z…」に収録の「Holler If Ya Hear Me」ではダン・クエール副大統領と警察に抵抗した曲をリリース。
さらに「Last Wordz 」では客演にIce CubeとIce-Tを伴い警察批判を繰り返しました。
2000年代以降のコンシャスラップ
1990年代末期にヒップホップが軟化し、POP路線が増えていく中でもやはり目を引いたのはコンシャスラップの存在でした。
Dead Prez
2000年に1stアルバム「Let’s Get Free」をリリースし、シーンに衝撃を与えました。
リベラル思想が強い2MCによる攻撃力高めなラップは非常に評価が高く、2004年の2ndアルバム「RBG:Revolutionary But Gangsta」ではアフリカ回帰思想も盛り込んだやっぱり攻撃力高めなラップを披露してくれています。
このアルバムにはちょっとした遊び心があってシークレットトラックが2曲存在しています。
最後まで聴いてくれた人たちへのご褒美なのだ!
なんか80~90年代のロックでもこういうシークレットトラックっていう文化あったよね。オマージュなのかな?
Kendrick Lamar
2000年以降のコンシャスラップと言えば確実にこの男!
2015年リリースの3rdアルバム「To Pimp A Butterfly」はサウンド面でもアフリカ回帰的であり、マイノリティが抱える問題や政治的要素を織り交ぜた最高傑作になりました。
コンプトン出身のKendrick LamarはN.W.A.の再来とも言われる程の衝撃をシーンに与えました。
Joey Badass
2017年に2ndアルバム「All‐Amerikkkan Badass」をリリース。
KKK(クー・クラックス・クラン)への言及と政治的要素が強いアルバムです。
ジャマイカ出身のJoey Badassは他のマイノリティよりもヒスパニック系であるが故の苦悩や問題点を突いた作品でありながらどこか爽やかで若さ故のフレッシュさを感じます。
個人的に2ndは結構聴き込みました。プロ・エラ関連は間違いないです。
日本のコンシャスラップ
日本のヒップホップシーンにおいてもコンシャスラップは存在します。
日本では社会派ラッパーと言われることが多いです。
キングギドラやキングギドラのメンバーでもあるK-Dub Shineや日本のヒップホップの黎明期を支えたいとうせいこうなどがいます。
キングギドラ
1995年リリースの1stアルバム「空からの力」は意識は高かったもののコンシャスラップの中では甘めな批判でしたが、2002年の2ndアルバム「最終兵器」ではより強まった意識により高い評価を受けます。
ちなみに「空からの力」というタイトルはPublic Enemy/Black Steel In The Hour Of Chaosの「Power From The Sky」というフレーズを和訳したものであり、楽曲「空からの力pt.2」ではこの声ネタがスクラッチでサンプリングされています。
「最終兵器」をリリース後、ジブラは「日本でPublic Enemyみたいなアルバムを出せた」と言っているようにPublic Enemyからの影響を受けたグループでした。
いとうせいこう
いとうせいこうは元々、ラップを世間に広めるためにノベルティラップ(コメディタッチのラップ)をやっていましたが、2ndアルバム「MESS/AGE」ではコメディタッチを封印し、攻めのスタイルに路線変更しました。
いとうせいこうの場合、どちらかと言うとテレビのコメンテーターとしてコンシャスな部分が多いような気がしますが、やはり日本語ラップ界の歴史的名盤を生み出したということで社会派ラッパーとして認識されていると思います。
政治って意外と…
2017年に自民党新潟県支部連合会青年局が出した「政治って意外とHIP HOP。ただいま勉強中。」というポスターが一時期話題になりました。
「政治×ヒップホップ」という大胆なキャッチコピーはラッパーや音楽関係者、音楽ファンにとって物議を醸しました。
このキャッチコピーにK-Dub ShineやHaiiro De Rossiなどに加え、現職の千葉県松戸市議会議員(無党派)であるDeli(Nitro Microphone Underground)らが反応しました。
若者に政治に興味を持ってもらおうという試みはうかがえるのですが、いかんせんセンスが無いと思います。
ヒップホップはどちらかというと「民主主義的に解決する」よりも「反骨精神」や「孤高が至高」と言った思想を含んでいると思いますし、「マイノリティの支え」だったりします。
精神性で言えば調和と頭数(数字の暴力)では全くかみ合っていません。
確かに政治とヒップホップという文化は表裏一体ですが、どちらかというと対極に位置しているからこそ、そのコントラストが浮き彫りになるのだと思います。
弱者やマイノリティをことごとく切り捨てる政府。
マイノリティが歯を食いしばって生み出したヒップホップという文化のことを同義とするのはお門違いです。
まとめ
差別や政策、経済によって振り回されてゲットーが形成され、えも言えぬ絶望の中で育まれたヒップホップ。
そのヒップホップをより強固にしたコンシャスラップというスタイル。
アメリカのコンシャスラップは民衆を揺動するまでに成長しましたが、日本の社会派ラップはまだその域には到達していません。
是非、今回紹介した曲を聴いてみて欲しいです。
今回は政治とヒップホップについての講義でした。