HIP HOPは文化?
HIP HOPが文化なのか、HIP HOPはジャンルなのか。
アメリカのみならず日本でもよく議論される議題です。
そもそもなぜそのような議論がなされているのかというと
HIP HOPというのは
音楽だけを指しているのではなく
「生き方」であったり「思想」であったり…と一言でHIP HOPというワードを表現するのはほぼ不可能であるということが要因です。
また、ジャンルとして認識され始めたのはHIP HOPのレコードが初めて出始めた頃からなので、音源として出されなければここまでの広がりはなかったと思います。
今回はそんなヒップホップがいつから文化として認識されたのかというのをフォーカスした講義になります。
今回の講義で得られる知識
- ヒップホップの語源
- ヒップホップを構成する要素
- 結局文化?ジャンル?
HIP HOP文化の記念日
2021年、アメリカ合衆国上院で「HIP HOPの記念日」を全会一致で可決されました。
8月をHIP HOP認識月間として
HIP HOP Recognition Monthと定めました。
8月11日をHIP HOPの記念日として
HIP HOP Celebration Dayと定めました。
11月をHIP HOPの歴史月間として
HIP HOP History Monthと定めました。
Back To School Jam
この8月11日というのは1973年8月11日にDJクール・ハークと妹のシンディーが始めて「Back To School Jam」というパーティーを開催した日です。
このBack To School Jamはのちのち伝説化、神格化されました。
しかし、いわゆる「ゲットーでの生活を豊かにするため~」であったり
「ギャング同士の抗争を~」といった様な高尚な目的はありませんでした。
妹シンディーが「来たる新学期のための新しい服が欲しかったから」というのが真の目的でした。
基本的にお金目的でDJをしなかったクール・ハークは後に引退し、小さなレコード屋に勤め、その後薬物中毒で苦しみます。
クール・ハーク程の人物であれば本気でマネタイズに精を出せば簡単に巨万の富を得られたと思いますが、彼はそれをしませんでした。
妹のシンディーがちゃんとマネジメントをしていれば、あるいは名実ともに「HIP HOPのキング」になれたはずだったのだ。
でもクール・ハークはこのHIP HOPっていう文化が好きだから「お金稼ぎの道具」にしたくなかったのかなあ。
ヒップホップの語源
まずは「ヒップホップ」という言葉の意味や語源について理解を深めましょう。
実際、ヒップホップの語源や由来は諸説あります。
HIPはスラングで「カッコイイ」という意味で
HOPはブレイクダンスでダンサー達が「跳ねる」という意味だったそうです。
併せて「新しいものに飛びつく」という意味もあるそうです。
ヒップホップはもともと「ヒピティ・ホップ」が原型であるという説があったりします。
ヒピティ・ホップ…
なんだろ。なんか言いにくいし、ダサい…
バンバータ説
Afrika Bambaataa(アフリカ・バンバータ)によって“この文化がHIP HOPである”と1974年11月12日に提唱された~というのが一般的です。
実際にこの時にバンバータがHIP HOPと呼称したかどうかは定かではありません。恐らく後付け。
というのもブロック・パーティー発祥のHIP HOPは単にいろいろなパフォーマー達(DJ、MC、ダンサー、グラフィティアーティスト)の集合体であり、1970年代当時この集合体のことを別の言葉で言い換えてはいませんでした。
これは他のジャンル・文化でも言えることで
当時の人たちは現在進行形で行っている新しいことを“明確にこれだ!”と説明できる人たちは基本的にいないと思います。
ジャンルとして文化として成り立った状態で初めて説明できるのだと思います。
ゆえにジャンル・文化を誰かに説明する時に“適当なものをあてがって”説明するものだと思います。
それが当時、雑誌やラジオ、TVで紹介される時に「HIP HOP」とメディアが名付けたという有名な説があります。
キーフ・カーボウイ説
Grandmaster Flash&The Furious FiveのメンバーのKeef Cowboy(キーフ・カーボウイ)が「HIP HOP」という言葉を発案したという説があります。
キーフは元軍人で軍の訓練中の掛け声をヒントに「HIP HOP」という言葉を思い付いた様です。
訓練中(ランニングや行進中)はリーダーの掛け声に合わせて後ろに続く隊員が言葉を復唱するというものがあります。
部活のランニング中の掛け声みたいな感じなのだ。
その掛け声はリーダーに一任されており、基本的には何を掛け声にしてもOKの様です。
この従軍中「HIP!HOP!HIP!HOP!」という掛け声があったかはわかりませんが、その掛け声から着想を得たようです。
え?じゃあ、もしかしたら「Leg(足)、Hop!」って掛け声してたらHIP HOPじゃなくて「Leg Hop」だったかも知れないってこと?
ちなみにクラブ文化ではお馴染みのコール&レスポンスもキーフが編み出したとされています。
コール&レスポンスとはステージ上のアーティストが観客との掛け合いのことで
アーティスト:「セイ、ホーオ!」
お客さん:「ホーオ!」
と返すあれのことです。
9大要素とは
HIP HOPには9大要素というものが存在しています。
ようはヒップホップという文化を形作っているものです。
ヒップホップを愛する者の心構えのようなものであり、我々リスナーは知識として覚えている程度で基本的に問題ありません。
4大要素
まずは4大要素。
これはプレイヤー(演者)を指す要素です。
DJing→Disc Jockeyの略。みなさんが想像するとおりのDJ。
MCing→Microphone ControllerもしくはMaster Of Ceremonyの略。ラッパー。
B-Boying→Breakingとも言い、B-Boyは基本的にブレイクダンサーのことを指す。
Graffiting→グラフィティはストリートペイントのこと。
5大要素
先ほどの4大要素に+1して5大要素。
4大要素の前提として設定されました。
Knowledge→これはHIP HOPの知識やマイノリティたちがストリートで生きるための知恵のこと。
この5大要素をまとめた人物がAfrika Bambaataa(アフリカ・バンバータ)です。
9大要素
さらに+4して9大要素。
知識に加え、プレイヤー以外にもHIP HOPに関わる人向けに設定された要素です。
Fashion→日本でいうストリートファッション。
Beat box→口のみでビートを奏でる技術のこと。ボイスパーカッション。
Language→仲間内の言葉、スラング。
Entrepreneurialism→企業家精神。「アントレプレナリズム」と読むみたいです。
KRS-Oneがのちに提唱した残りの+4要素は基本的に創造性や独自性の意識を個々人に植え付けるものです。
「自立した立派なヒップホッパーになるための心得」というべき要素になります。
各要素の概要
DJing
DJはヒップホップ誕生において1番重要視されていた要素だったと思います。
「DJの存在無くしてHIP HOPは無かった」と言っても過言ではありません。
事実、オールドスクール時代(80年代初頭)はラッパーよりも目立つ存在でした。
リリースされるレコードの名義もDJが主体でした。
例えばレコードの制作面で「Grandmaster Flash」が参加した記録は残っていませんが、
「Grandmaster Flash&The Furious Five」の様に「DJであるGrandmaster Flashが率いている」という様なくくり方をされています。
もちろんライブの時は活躍していました。
80年代後期(ニュースクール)はラッパーやプロデューサーが前面に押し出されていきます。
MCing
MCは当時、DJの横で主に盛り上げ担当でした。
コール&レスポンスやお客さんを楽しませる役割で今もその風習は残っています。
そういう役割のことをHype₋Man(ハイプマン)と呼ばれています。
ハイプマンは大体若手の売り出し中のラッパーがステージ上で担当していることが多いです。
実はあのJay-Zも昔はBig Daddy Kaneのハイプマンとして下積み時代を過ごしました。
今ではヒップホップの1番花形なのがMC=ラッパーですね。
B-Boying
ダンサーはライブでもMVでも重要な役割を今も担っています。観るヒップホップ。
元々のブレイクダンスはギャング同士のいざこざをケンカでは無くダンスで決闘しようというのが始まりだったという説があります。もちろんMCバトルも同じでした。
ピースな考え方ですね。
Graffiting
グラフィティはもともとギャングのテリトリーを表すものでしたが、形を変えアートとして姿を変えました。
グラフィティにもバトルが存在しますが、「自分よりカッコイイグラフィティには塗りつぶしや描き換えをしてはならない」という鉄の掟があります。
キャンバスや私有地に描く分には問題ありませんが、公共施設や他人の敷地でグラフィティを描くことは当然犯罪行為です。
この様にHIP HOPは4つのアートが密接に交差して生まれた文化になります。
「ワイルドスタイル」は1983年に公開された映画で主人公はグラフィティアーティストですが、当時のブロックパーティーを描いた貴重な資料とも言える映画です。
この映画をまだ観たことが無い方には是非観ていただきたいです。
Knowledge
ノウレッジはゲットーで生きるための知恵のことで暴力や薬の脅威から身を守るための知識。
加えてなぜマイノリティたちは迫害されてきたのか、政府の行っている政治への関心などをみんなで共有しようという趣旨の要素になります。
Fashion
ファッションは「おしゃれに気を遣おう!」という趣旨の要素です。
1970年代からファッションの移り変わりはあるものの、いわゆるB系ファッションは常にアップデートされ続けました。
キーアイテムは今でもヒップホッパーに愛され続けています。
例えばジュエリーやNew Eraのキャップ、アディダスやナイキのキックスやアイテムなどなど。
Beatbox
日本ではヒカキンさんが最も有名なビートボクサーなんじゃないのかなと思います。
ボイスパーカッション=ボイパと呼ばれたりしていますね。
歴史的には1970年代中盤にストリートで発祥しましたが、Doug E.Freshは自身が生み出したと主張しています。
映画8Mileでも主人公の仲間に「DJ音をくれ!」と言って口でビートを奏でるシーンがあります。
アメリカではこういうやりとりがストリートでは普通に行われていました。
Street Language
ストリート・ランゲージはクルー内の合言葉やスラングのこと。
「白人や大人達から言われる言葉の本当の意味を理解しましょう。」という趣旨の要素です。
ラップも言葉を操りますが、自分たちのアイデンティティであるブラック・ランゲージはラップ以外でも「発音や言い回しにも最新の注意を払うべき」というものです。
例えば「The」は「Da」や「Tha」のように「ザ」ではなく「ダ」という発音となります。いわゆるアフリカ訛り。
Entrepreneurialism
起業精神は言葉の通り「企業を起業しよう」という意味も含めつつ、実際には「自身で考えて行動して創造性を高めよう」という趣旨の要素になります。
自立心を促すための要素。
上記の8つの要素の総まとめと言っても過言ではありません。
この9大要素というのは我々日本人には理解しづらい部分も多く、言葉で表現するのは可能ですが、実行するのは非常に困難なニュアンスが含まれていると思います。
そういうことも含めて「HIP HOP=文化」という概念がヒップホッパーには優先されます。
ヒップホップの現在
2020年代の9大要素というのは残念ながら忘れられた存在だと思います。
そもそも最近のラッパーたちは単に表現方法としてラップを用いているだけであり、「ヒップホップという文化」を行動理念としてあまり意識はしていません。
文化的にヒップホップあるいはラップを捉えているというよりもジャンルとして捉えていることの方が若い世代は多く、「レジェンドラッパー達や往年のHIP HOPファン」と「若い世代のラッパーやファン」との間で溝が広がっているように思えます。
比較的若いラッパーである「Lil Yachty(リル・ヨッティ)」は出演したラジオ番組で往年のHIP HOPファンからの批判に対して
「ラップはただ楽しいもの」
「(現行の)HIP HOPはこれまでとは全然違うものだ!ということに早く気付いて欲しい」
「2Pacやビギーの曲は5曲も知らない」
と発言しました。
この発言が「良いか、悪いか」は別として「ヒップホップを文化レベルで捉えよう」という感覚がもともと彼ら若いラッパーに備わっていないのです。
個人的には悲しいことだと思いますが、彼らが生まれた時代は既にヒップホップは盤石であり、彼らが聴いて育ったヒップホップはもっと良くも悪くもキャッチーだったんだと思います。
「理解しろ!」という方が酷なのかも知れません。
個人的には10個目の新たな要素として「Dig(掘る)」を追加したいです。
知識を深堀りする。
音源を深堀りする。
仲間たちとの親睦を深堀りする。的な…
まとめ
今回はヒップホップの語源や文化、9大要素についての講義でした。
ゲットーでの生活は辛く、先行き不安な当時の彼らが心の底から楽しめたのはブロックパーティーであり、ヒップホップだったのかもしれません。
そこで出会いがあり、コミュニティが形成され、みんなが助け合い育んだものこそ「HIP HOPという文化」でした。
それぞれの創意工夫によって現在までにヒップホップは磨き上げられ世界で親しまれています。
ヒップホップに限らず、ブラックミュージック全体を通して言えることですが「マイノリティへの差別や貧困の中で育まれたカウンターカルチャーである」というのがヒップホップがジャンルとしてでは無く文化として捉えられている理由です。
今回の講義で少しでも理解して頂けたのなら幸いです。